夢に出てきたクジラの缶詰をしっかり離さないで、朝起きたとき、手に持ってたよ。
夢の中で、きれいな鍵を拾った。「なくしたら大変だ。何があっても絶対離さないぞ~」と思ってギュッと握ってたら、朝起きたとき、手に持ってた。
夢に妖精が出てきたとき「あっ、妖精だ~」とほほ笑むだろうか。「妖精って本当にいたんだ…」と驚くだろうか。
ぼくは頭が混乱してしまい、しばらくは何も言えなかった。
「久しぶり…だね」ぼくは小声で言った。なぜか照れくさかった。涙が頬を伝った。「…懐かしい」
「えっ、何? どうしたの?」妖精は不思議そうにぼくの顔を見て、笑った。「昨日約束したじゃん」
「うん、昨日約束した…」ぼくもうなずいて、もう笑っていた。涙だと思ったのは、
「今日はどこ行く? 何して遊ぼっか?」
普通の疑問符と、アラビア語の裏返った疑問符と、スペイン語のひっくり返った疑問符を三つ集めてイアリングを作って軽く振り、三種類の疑問符が触れ合う涼しい音色に、クスクス笑うわたしたち。
? ؟ ¿
「彼女は海岸で貝殻を売っています」
早口言葉に意味などない。シニファンだけでシニフィエのない早口言葉を翻訳すると、もう何も残らない。なんという清潔。何も表現せず、何も主張しない。なんという小心。なんという大胆。
「ねえ…」
妖精は、秘密のように、ささやいた。
「世界の中に行ってみない?」
「勝手に入ったら怒られるんじゃない?」
「大丈夫だよ。夢の一部だもん。この夢と地続きだもん」
「夢の中から世界に入れるんだ?」
「どっちからどっちでも行けるんだよ」
「へー」
「夢に出てきたクジラの缶詰をしっかり離さないで、朝起きたとき、手に持ってたよ」
「そんなこともあるんだね」
鳥が不思議な声でさえずっていた。長いメロディーを微妙に変えながら、何度も何度も…
「…あれは世界の鳥」
おばあさんの静かな声。聞き覚えのある声だけど、思い出せない。
「てっぺんにいるよ」
妖精が教えてくれた。
ぼくは見上げた。気が遠くなるほど高い木。枝がものすごくいっぱいある。雲の上まで広がる複雑な枝。知ってる、これは世界線…。そのとき「あっ、このおばあさん、京田
「鳥はあそこで観測している。世界を主催するために」おばあさんは言った。
「…見守ってるの?」
「何も守りはしない。下で何が起きても鳥は困らないから。ただ…見ている。…何が起きても構いやしない」
「悪い鳥?」
「なんにも考えてないんだろう」
「鳥がまばたきしている隙に、わたしが先に世界を見るわ…」
「先輩、なんか、やけに哲学的に始まりましたね。これって、こういう話でしたっけ?」
「ヘヘ、たまには文学的にガツンといかないとな!」
「っていうか、どの行が誰のせりふか曖昧で、読みにくいんですけど?」
「どのせりふも、そのせりふ自身のせりふじゃね?」
「次週『逃げちゃおぜ、世界の中に』、第2話…」
「…そこでは話が始まることはなく、言葉が意味を持つこともない」
「はっ?! それが題名ですか?」
「大臣の華麗な変身を見逃すと、逮捕しちゃうぞ♥」
「お楽しみに!」
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